赤レンガ倉庫保存運動

菊川 櫻井 赤レンガ倉庫

「 残そう菊川プロジェクト 」

残そう 「赤レンガ倉庫」

残そう菊川。歴史的建造物 「 赤レンガ倉庫保存活動 」

DSC_0057.JPGDSC_0034.JPGこころ民研アトリエのすぐ近く、歩いて5分のトコロに100年以上前の建物が残っています。
 鉄道の駅ができ、この菊川の街ができたころの建物です。
平成になって菊川駅前の区画整理が行われ、駅前の様子はまったく変わりました。この商店街で唯一、菊川駅開設当時の建物として現在まで残っているのがこの赤レンガ倉庫です。この赤レンガ倉庫が今、壊されようとしています。無くなるべきものは無くなってしまっても仕方の無いこともあると思います。ですが、この倉庫は、ただ古いから残そうというものではありません。
 もともと区画整理のはじめの計画では、菊川の歴史を知る建物として、この赤レンガ倉庫を残し、ポケットパークとして保存するようになっていました。
地域住民を含めた、街づくりの計画でもこの赤レンガ倉庫を残す街づくり計画があがっていました。
しかし、市の引継ぎの不具合などで、この倉庫敷地が道路敷地になっていたのです。「道路には原則として建築物は建てられない。」これは建築基準法で定められています。ですので、道路敷地内に建物は残せない・・・故に取り壊す・・という具合になっています。このことは、地域住民には、最近まで知らされていませんでした。確かに、著名な建築家が設計したとか、全国的に見て本当に珍しい・・・というモノではないかもしれない・・・でも、菊川にとっては貴重な歴史的建造物であることは間違いありません。区画整理事業が終盤になり、街が一掃された今は、地域にとって、その価値は上がっていると思います。
DSC_0018.JPG街の安らぎの場として、、そして菊川市の駅前の顔、街のランドマークとして、この赤レンガ倉庫を残そうと、数年前、赤レンガ倉庫保存会(会長:大橋隆夫氏)が発足し、市と話し合いを続けています。
現在は、取り壊しを阻止するため、保存の署名活動を行っています。

※ 赤レンガ倉庫は、「個人の所有物」となっています。
 「レンガ倉庫保存会」にて現在、倉庫の使用については管理をしています。
「赤レンガ」を見たい。使いたい。という方は、お気軽にお問い合わせください。

080930fujiseicha.jpg● 赤レンガ倉庫の由来
 明治時代、日本の鉄道網が整備され、ここ菊川の地にも東海道線堀ノ内駅(現在の菊川駅)ができました。(明治22年)
その後、榛原郡地頭方(現在の牧之原市)出身の原崎源作氏、池新田(現在の御前崎市)出身の丸尾文六氏らが 明治24年に「富士製茶工場」という製茶会社を起業し、この菊川堀之内付近一帯にお茶の再製工場を造りました。
 再製とは、茶葉が保存にたえられるように火入れをしたり、ブレンドしたりすることで、明治30年頃まで横浜には「お茶場」と呼ばれた外国商館による茶再製工場が沢山ありました。ここでの作業は女子工員が焙炉の中のお茶を素手で混ぜるという大変過酷な作業でした。これを見た原崎源作氏がなんとか労働を楽にしなければと「原崎式再製茶機」を発明しました。これが成功し、大変、労働が楽になり、品質の良い製茶を作ることが出来るようになりました。
 この菊川の再生工場は、お茶の季節になると、近隣から集められた荒茶を再製し貨車に積んで清水港からアメリカへ輸出していました。その品質は大変評判が良かったそうです。また、この菊川堀之内は茶産業はもとよりブリキ加工業や木箱造りの箱屋等の茶関連の商工業者、その他が集来して菊川の賑わいと発展の基となりました。
 このレンガ倉庫は当時、お茶のブレンド作業と倉庫として使われていたようです。いわば菊川市の発展のルーツであり、「お茶の菊川」「お茶の静岡」を象徴する唯一残った産業歴史建築物です。

● 赤レンガ倉庫・・・建築について
 レンガというと、木骨(もっこつ)といって、木造の主な構造があって、外壁としてレンガが使われているものが残っているケースが多いのですが、この菊川赤煉瓦倉庫の構造はレンガのみで構成されています。柱型、臥梁、窓廻りの意匠までレンガを使用しています。又基礎の部分は高温で焼成された焼きすぎレンガが使用されています。レンガの大きさは現在の大きさと違い大きめにできています。(227×110×60)
 レンガの積み方は 明治20年以降に造られたものはイギリス積みが多いようです。この建物もイギリス積みです。内部は木造2階構造となっており、梁をレンガ積みの中に差し込んで、梁、2階床を構成しています。小屋組はレンガ積みの臥梁の頂部に敷桁を敷き小屋梁を乗せ、キングポストトラスを構成しています。
 お茶工場が閉鎖された後、この倉庫は薬屋が買取り、薬の倉庫や住居として使用していました。現在みられる木製の棚や和室の跡などは、その時代(昭和初期)のものとみられています。

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このサイトを見て、「茶産業の発展と建築の近代化に関する研究 」で博士学位を取得され、「お茶と建築」の研究者としてご活躍の二村悟(にむらさとる)氏が、赤レンガ倉庫の調査を行ってくださいました。その結果、お茶を出荷する時にブレンド作業をする合場(ごうば)と呼ばれる仮設施設の痕跡が発見されました。(写真)これは今のところ、全国的にも確認されておらず、お茶産業の発展を調べる上で、大変重要な発見です。
 二村悟氏の調査によると、静岡県内の赤レンガ建物は、現在のJR東海道線が、明治22年に開通したことにはじまり、旧静岡県庁舎(現存せず)を皮切りに普及し、現存する主なものでは、春野町の旧王子製紙気田工場製品倉庫(明治22年)、磐田市の赤松海軍中将自宅門など(明治23年)、湖西市の旧製糸工場(現在の浜名湖れんが館)などがあるのみで、この菊川市の赤レンガ倉庫は、規模も県下の他の建物にけっして劣るものではなく、特に菊川市としての近代化遺産としては群を抜く存在と考えるべきである。と評価してくださっています。
 お茶産業に関わる建築物としても大変貴重で、赤レンガ倉庫としては、記録はあるものの、ほとんど現存する遺構がなく、お茶産業の貴重な文化財として残すべきである。としています。また、国産レンガとみられる刻印も発見されており、研究を進めている状態です。


ココロはこの保存活動、保存の署名運動に参加しています。ご協力をお願いいたします。
こころ現代民家研究所 やましたしんいち

●赤レンガ倉庫でのイベント情報は「いきいき倶楽部」のサイトをご覧ください。
「菊川いきいき倶楽部」「赤レンガ倉庫保存会」

赤レンガ倉庫の場所はコチラ↓

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JR菊川駅から徒歩3分です。駐車場はありません。周辺の市営駐車場等をお使いください。

●2009年8月4日、静岡新聞に常葉大学の土屋和男氏がコラムを掲載。
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●2009年3月21日、22日、23日の赤レンガ倉庫 LN建築デザイン展 を開催しました。

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※静岡新聞、中日新聞等にも掲載。

●2009年2月7日(土)・2月8日(日)
赤レンガ倉庫の内覧会と講演会を開催しました!
2日間で署名が300以上、入場者数にして1000人を近い皆様がいらっしゃいました。
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※ TBS系列毎週日曜日午後1時放送「噂の東京マガジン」にて「赤レンガ倉庫の保存活動」が放送されました!2008年
放送内容はこちら・・(TBSサイト)

ご希望の方には、赤レンガ倉庫を、ご案内します。こころ民研までお問い合わせください。